人口減少により廃止される路線が多く出てきている中、都市部への通勤通学路線はまだまだ多くの人に利用されており「廃線」という言葉とは無縁の路線がほとんどです。
しかし都市部への通勤通学路線のなかでも廃線の危機にされている路線があります。
今回はそんな都市近郊路線なのに廃線の危機にさらされている神戸電鉄粟生線を紹介します。




神戸電鉄粟生線とは?

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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Suzurandaiminamimachi_-_panoramio_(31).jpg?uselang=ja



兵庫県神戸市北区の鈴蘭台駅から兵庫県小野市の粟生駅までを結ぶ29.2kmの路線。
神戸市西区や三木市へと広がる住宅地と神戸の中心地を結ぶ通勤通学路線です。



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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kobe_Electric_Railway_Linemap.svg



路線図の左側に延びている青色の線が粟生線なのですが、ほとんどの列車が途中の鈴蘭台駅で有馬線へ直通運転を行い神戸市兵庫区にある新開地駅まで運転を行っています。
この路線図を見る限り郊外と都市部を結んでおり廃線とは無縁のように見えますが実は毎年10億円近い赤字を出しています。
ではなぜこの都市近郊の路線が赤字を出すようになったのか、その理由を見ていきましょう。





1.沿線の通勤通学人口の減少

1990年代後半から粟生線の沿線では通勤通学をする年齢層の人口が毎年1~1.5%ほど減少しており粟生線の利用者数の減少の一因となりました。




2.競合路線の誕生

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Shinkibus1159.jpg

1999年に神姫バスが粟生線の一部と並走する西脇急行線を設定したことにより粟生線と競合状態になりました。
その後2001年に恵比寿快速線も設定され住宅地の南側を通る粟生線に対し、住宅地の中を経由するため粟生線の利用者数が大きく減少することになりました。
また、粟生線を使った場合終点の新開地駅が神戸の中心地三宮から離れているため新開地駅で他の路線に乗り換えをしなければならないのに対し、神姫バスは中心地三宮に直接行くことが出来るうえ運賃も電車を使用するより安く、高速道路を経由するため座席定員制となり確実に座ることが出来るなど運賃や利便性・サービス面で粟生線を上回るようになりました。


このまま廃線になるのか?

神戸電鉄は2009年に粟生線活性化協議会を立ち上げ、パンフレットやウェブサイトなどで粟生線の利用を呼び掛けるなど利用促進のための取り組みを行っています。


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https://matome.naver.jp/odai/2146280536942402301/2146349675252941403

その利用促進のなかでも印象に残るのはこの「乗らないと残りません」という衝撃的な内容のポスターです。
また、このような呼びかけだけではなく運航コストを抑えるための減便を2012年に行っていますが減便を行うとさらに利用者の減少につながる可能性があり非常に難しい所です。


かつては複線化計画も?

これまで利用者数の減少ばかり書いてきましたが実は1992年度まで利用者数は増えており粟生線の単線区間の複線化も計画されていました。
そのため一部区間では橋が架道橋整備されていたり、現在使われている線路の横に土地が確保されていたり路盤が完成しているなど複線化に向けた工事をしていた跡が残っています。
この記事を読まれた方で粟生線に興味を持たれた方や複線化計画の跡を見てみたいと思った方はぜひ粟生線に乗ってみてはいかがでしょうか?
貴重な鉄道路線がこれからも残り続けることを願うばかりです。